ライダーウェイト・タロット解説

XX The Last Judgment / 審判



クリックで拡大

 このカードは、ここのタイトルが「The Last Judgement/最後の審判」とあるように、全編が『新約聖書:ヨハネ黙示録』に関係しています。
 黙示録って、かなり難解なので、解釈するのが大変なところなんですよね。

I have said that this symbol is essentially invariable in all Tarot sets, or at least the variations do not alter its character.
私は、この(審判の)象徴は、すべてのタロットのセットにおいて本質的には変化しない、もしくは、少なくとも変化はその性質を変更しないと言っている。

 ウェイト氏は、この本のPartT§2で、今までのタロットの「20:審判」は、どれも基本的には同じようなものだと言っていますね。
 この変化のない題材に対して、わがままなウェイト氏は、自分なりのアレンジを加えようと企んでいるようです。(笑)
 とりあえず、以下は一般的な「最後の審判」の絵です。


クリックで拡大

最後の審判
Stefan Lochner作 (1400〜1451)

 この「最後の審判」のシーンは、『新約聖書:ヨハネ黙示録』20:12の「また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。」の部分に相当します。

The great angel is here encompassed by clouds, but he blows his bannered trumpet, and the cross as usual is displayed on the banner.
雲により包まれた、偉大な天使がここにいるが、彼は紋章旗をつけたラッパを吹き、そして、紋章旗にはいつも通りの十字が掲示されている。

 最後の審判といえば、大天使ガブリエルも有名ですが、ライダーウェイト版の天使は赤い翼と炎の髪と「火」の属性を持つミカエルであると考えられています。
 ちなみに、ゴールデン・ドーンでは、この「20:審判」のカードには、元素の火が配属されています。

 この「20:審判」のカードでおなじみの白地に赤十字の旗は、「St. George's cross/聖ゲオルギウスの十字」と呼ばれ、イングランド(イギリスの東南部)の国旗になっています。
 なお、普通の「最後の審判」の宗教画には、このような旗は描かれていません。
 この旗の由来は、十字軍の騎士が持つ旗が出身国別に色が分けられていて、イングランドにこの赤十字が割り当てられることになったということで、イギリス人のウェイト氏にとっても、この赤十字の旗=神の旗というイメージがあったのだと思われます。
 あと、大天使ミカエルも赤色の属性ですね。


クリックで拡大

聖ゲオルギウスと倒されるドラゴン

 ちなみに、この聖ゲオルギウスの伝説ですが、昔のローマ時代に、村を襲う巨大な竜がいて、その生け贄になる予定の王の娘を倒して姫と村を救い、村にキリスト信仰を広めたものの、後に迫害を受けて殉教したということです。
 この竜退治は、『新約聖書:ヨハネ黙示録』に出てくる竜退治の物語と通じるものがありますね。

The dead are rising from their tombs--a woman on the right, a man on the left hand, and between them their child, whose back is turned.
死者は彼らの墓から立ち上がろうとしている。右側には女性、左手側には男性、そして彼らの間には彼らの子供がいて、その(子供の)背中が向けられている。

 この部分は、『新約聖書:黙示録』20:13の「海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。」の部分に相当すると思われます。

 ちなみに、ゴールデン・ドーンでは、この「20:審判」のカードには、ヘブライ文字のシン(歯)が配属されており、この3人の姿がこの文字の形となっているという指摘があります。

But in this card there are more than three who are restored, and it has been thought worth while to make this variation as illustrating the insufficiency of current explanations.
しかし、このカードには、復活される者は3人以上おり、それは現在の説明の不十分さを例証するとしてこの変化を作るために価値があると考えられる。

 以前のカードには、3人しか復活していませんでした。3という数字は神秘的に意味があるため、様々に解釈されていました。ウェイト氏は、それを嫌い、無用な誤解を避けるために、3人以上としたのかもしれません。

It should be noted that all the figures are as one in the wonder, adoration and ecstacy expressed by their attitudes.
すべての人物が一斉に、驚きと崇拝と歓喜の態度を表現していることに注意すべきである。

 つまり、ここにいるのは、選ばれて救われた者であるということですね。
 この部分は、『新約聖書:黙示録』21:3〜4の「そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」」の部分に相当します。

 え、救われなかった人はどうなるかって?
 『新約聖書:黙示録』21:8にはこう書かれています。「しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄 との燃える池の中にある。これが第二の死である。」

 これは、第二の死が決定的だな・・・。

It is the card which registers the accomplishment of the great work of transformation in answer to the summons of the Supernal--which summons is heard and answered from within.
それは、「天上」の召喚に応えて変化の偉大な作業の達成を表現したカードであり、…その召喚状は、中なるものから聞かれ、答えられる。

 「the accomplishment of the great work of transformation/変化の偉大な作業の達成」は、死者が神の導きで復活するということを表しています。
 ただし、復活できるためには、神から選ばれなければなりません。
 我々は、その神が導いてくれるよう、行いを良くし、身を清くしておかなければならないということですかね。

Herein is the intimation of a significance which cannot well be carried further in the present place.
ここには、現在の場所より遠くによく運ぶことができない意味の暗示である。

 この場所は、神の与えた土地であり、第二のエデンとも言える場所です。
 『新約聖書:黙示録』21:1〜2の「また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。」の部分に相当すると思われます。

 でも、エデンの園に戻ることが、人間の進化にとって、本当に良いことなのでしょうか。
 さらに上を目指そうとする人がいても、おかしくないですよね。

What is that within us which does sound a trumpet and all that is lower in our nature rises in response--almost in a moment, almost in the twinkling of an eye?
ラッパやその他もろもろを鳴らす、我々の中なるものは、それに応じて我々の本質にある低いものの上昇である。それはほとんど一瞬であり、ほとんど瞬く間のことであろうか?

 この「20:審判」のカードは、ゴールデン・ドーンでは、生命の木における、「10:マルクト(王国)」から「8:ホド(壮麗)」への径となっています。
 この地上から、一瞬のうちに天上界へとワープするような感じなんですかね。

Let the card continue to depict, for those who can see no further, the Last judgment and the resurrection in the natural body; but let those who have inward eyes look and discover therewith.
さらに深く見ることができない人のために、自然の肉体における「最後の審判」と復活について、このカードは描き続けられる。しかし、内なる目を有している者は、見て、それとともに発見することを許されるだろう。

 内なる目の無い人は、「natural body/自然の肉体」における最後の審判と復活というレベルまでしか見えないけれども、内なる目を持つ人は、おそらく「super-natural body/超自然の肉体」における最後の審判と復活というレベルまで見通せるということではないかと。
 パワーアップして「超」が付けば、もう何でもアリですからね。

They will understand that it has been called truly in the past a card of eternal life, and for this reason it may be compared with that which passes under the name of Temperance.
彼らは、本当に、それが過去に永遠の生命のカードと呼ばれたのを理解するだろう。そしてこういう訳で、それが「節制」という名の下にあって通るものと比較されるかもしれない。

 最後の審判で復活した者は、神が用意した新エルサレムで永遠の命を授かります。
 そして、その場所は、「8:ホド(壮麗)」という、ちょっと中途半端な場所です。
 これは、宗教で言うところの顕教の教えによる、最も高い到達点となります。

 一方、魔術を志す者であれば、密教のテクニックと、「21:世界」の「10:マルクト」→「9:イェソド」の径と、「14:節制」の「9:イェソド」→「6:ティファレト」の径を使って、キリストの位置でいる「6:ティファレト」を目指したいですよね。
 失敗すると、最後の審判で地獄に落とされますけど・・・。


BACK HOME NEXT
inserted by FC2 system