シャドウの部屋5

年末羅刹谷探検報告

 《この話はフィクションであり、史実に基づくものではありません。》


 羅刹谷(らせつだに)。

 それは、京都の東福寺の奥にある谷で、開発が進み民家が建ち並んではいるが、稲荷山(伏見稲荷大社のある山)を源流とする川が流れていて、ちょっと異様な雰囲気のある場所である。
 少し前に、MSオフ(NIFTY-京都フォーラム)で行ったところであるが、何となく気になる地点であったため、年末の夕暮れ時に再調査することになった。

 1998/12/31。寒気のせいで風が強く、天候は不安定。ときおり時雨も降るが、晴れ間も出る。
 冬の夜は早い。まだ夕方の6時台というのに、とうに日は暮れ、空には月齢12の月が明るく輝いていた。隣の民家の明かりが目障りではあるが、おかげで足元は明るい。ザーザーという滝の音も、何故か心地良く聞こえる。やはりここは、夜がふさわしい場所だ。
 さっそく、今回の調査ポイントの一つである「右の滝」を調べ、デジカメで撮影する。素直に応じてくれる。特に危険は感じない。

右の滝

なぜか狐の顔が写る「右の滝」。
手前にあるのは、お滝場によく
見られる鳥居。

 ふと洞窟のことが気になる。 どうやら、ここが、この場所の中心であるようだ。目の前には暗い洞窟。MSオフでも話題になっていた、例のミステリースポットである。
 「やはり、ここが、この場所の中心部なのか。」
 そう確信し、体に軽くシールドを張り、真っ暗な中へと一歩進む。
 次第に目が慣れてくる。奥には、鳥居の形がうっすらと見えている。
 さらに歩を進める。とても静かで柔らかい。邪気は特に感じない。
 体のシールドを解き、目を閉じ、呼吸を整え、周囲に同化する・・・。

「ここは、どこだ?」
「・・・・・・私の・体の・中よ。」
「え・・・。あなたは誰?」
「女。名前は・・・無いわ。」
「ここの入り口の鳥居には、御壺瀧大神と書かれてあったけど?」
「私は瀧神じゃないわ。弁天でもないし、ましてや猿田彦でもないわよ。後世の人が、勝手に色々と名前を付けただけ。私のせいじゃないわ。」
「ここで何をしているの?」
「見守っているの。」
「誰を?」
「ここを訪れる女の人達を。」
「何のために?」
「願いがかなうように。」
「女達の願いをかなえてあげるの?」
「いいえ。願いがかなうよう、見守っているだけ。」
「見守るだけ?」
「話を聞いて、見守っているだけ。願いをかなえるのは、私じゃないわ。」
「ふーん。ところで、羅刹って鬼のことだよね。あなたは鬼だったの?」
「誰かから鬼と呼ばれていたかもしれないけど、私は鬼じゃないわ。」
「じゃあ、人間・・・のはずはないな。ひょっとして神?」
「知らないわ、そんなこと。私には関係ないもの。」
「昔、羅刹谷の鬼が、人を食っていたという伝説もあるけど?」
「どこかの宗教団体が、そんな妙な話をデッチ上げていたようね。たぶん己の醜さを隠すために、ここで静かに暮らしていた私達を利用しただけじゃないの。」
「あなたは鬼道をやってたの?」
「そんなこと知らないわ。でも、お祈りはしていたわよ。」
「そう。ところで、あの前にある滝は何なのかな?」
「さあ、私もよく知らないわ。私達は、山の恵み、谷の水のおかげで暮らしてきたけど、ああいう滝の修行なんて関係ないもの。」
「あの滝の水って、綺麗なの?」
「昔は綺麗だったわよ。私達もお祈りの前には、よく禊ぎをしていたわ。」
「今は?」
「あなたが飲んだら、お腹こわすかもね。」
「何で?」
「お山のせい。今はもう、何もかも変わってしまったわ。」
「お山って、稲荷山のこと?」
「そう。」
「悲しいの?」
「少しだけ。私達の命を支えてくれた山だもの。でも私にはどうしようもないわ。私に出来ることは、ただ見守るだけでしかないもの。」
「そう・・・。ところで話は変わるけど、ここって静かだよね。」
「そうね。私達のことに気付かない人も多いわね。」
「回りにある無数の社は、何なのかな?」
「私達の周りに群がってきた男達のしわざ。」
「迷惑なの?」
「私には、そんな気はないもの。」
「そんな気って、どんな気?」
「子孫繁栄とか、商売繁盛とか・・・。」
「でも、それって大切なことなんじゃないの?」
「私にはそんな力はないもの。ただ、ここで静かに暮らしているだけよ。」
「ふーん。ところで、男の人って、ここに良く来るの?」
「たまに来るわね。あなたみたいな物好きの人も。」
「そう。女の人は多いのかな?」
「昔は多かったけど・・・、今は少ないみたいね。」
「どうして?」
「知らないわ。でも私は私、昔から何も変わっていないわ。」
「寂しくないの?」
「静かでいいわよ。騒がしいのは嫌いなの。」
「そういえば、この洞窟の中にも祠があるよね。これは何のため?」
「誰かが私の体の中に、無理やり置いていったのよね。お腹が重くなって困ってるの。あなたは、あまり近づかない方がいいわ。」
「何で?」
「出来ちゃうわよ。」
「へ?・・・冗談だよね?」
「さあ。でもそろそろ、ここを出た方がいいわ。この子が起きると色々と面倒だもの。」
「この子って?」
「あなたの目の前にいるわよ。」
「そう。じゃこれで・・・。」
「気を付けて帰ってね。」

 目を開け、そのままゆっくりと後ずさりながら、カメラを取り出し、真っ暗な中でシャッターを3回押して外へ出る。その瞬間、俗世へと戻る感覚を、はっきりと体に感じる。無事だったことに安堵し、現代口語で語ってくれた彼女に感謝しながら、その場を離れた。古文の成績は良くなかったからなぁ・・・。

祠11枚目
祠22枚目
祠33枚目
サムネイル画像をクリックすると、拡大表示します。

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